▼2008年07月16日

元高校球児の死

昭和59年、夏の甲子園で優勝した茨城・取手二高のエースで、元横浜投手の石田文樹(いしだ・ふみき)氏が15日、直腸がんのため死去しました。41歳の若さでした。
石田氏は取手二高のエースとして決勝で桑田、清原を擁する大阪・PL学園と対戦。延長の末に下し、同校と木内幸男監督に初の全国優勝をもたらしました。
取手二は無名の高校でしたが、木内監督の采配で全国制覇を成し遂げました。もっとも翌年は県予選で初戦敗退に終わり、木内監督は常総学院の監督になり取手二はかつての栄光は影をひそめてしまいました…

石田氏はその後、日本石油を経てドラフト5位で平成元年、大洋(現横浜)入りしましたが通算1勝0敗に終わり平成6年に引退後は打撃投手を務めていたそうです。
昨日の試合前、一分間の黙祷が行われ故人の冥福を祈ったそうです。現役時代は目立った活躍はできませんでしたが、あまりにも若すぎる死ですね…
Posted by うさぎいぬ at 10:51│TrackBack(2)

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石田文樹 wikipediaって?【にゅーすねっと】at 2008年07月17日 07:47